人生

山岡久乃の人生最後の闘病生活を見守り続けた、養女泰子とは?

山岡久乃は、胆管がんにより72歳で亡くなりました。70歳で身辺整理をして、姪の泰子を養女にして、全てを託しています。山岡が信頼を寄せた養女泰子だけが、晩年の山岡の素顔を知っていると思われます。

山岡久乃のプロフィール

生年月日: 1926年8月7日
出生地: 東京都大田区
没年月日: 1999年2月25日(満72歳没)
没年地: 神奈川県川崎市
芸歴: 1946年に俳優座に入団。同年の「文化議員」で初舞台を踏む。1970年「ありがとう」で役者としての人気を決定付けました。この作品を期に、「日本を代表するお母さん女優」としての地位を確立しました。

70歳を節目に、老後の準備をしていた

山岡は70歳を節目に、老後に備えて着々と準備をしていました。

・東京にあった住まいを引き払う。
・愛知県豊田市に知人が開設を計画を予定していた老人ホームに「終の棲家」として入所することを決め、引っ越しの準備もしていた。
・財産整理から、姪の秦子を養女にする。

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代表作「渡る世間は鬼ばかり」を降板した理由

山岡は1998年10月1日の第4シリーズ開始から、1990年から続いていた「渡る世間は鬼ばかり」を降板しました。12月15日には、「胆管がん」であることを発表しています。第3シリーズの途中で、癌を患ったことが判明したようですが、周囲に知らせることなく、第3シリーズをやりとげ、第4シリーズへの出演拒否の意思を告げました。

養女泰子の存在

「日本のお母さん」として親しまれてきた山岡だが、私生活では、1956年、同じ青年座創立メンバーだった、俳優・森塚敏と結婚するも、1971年に離婚。その後は終世独身を通し、子供はいませんでした。そして、老後に向けて、身辺の整理をする中で、70歳になった折に、姪の泰子を養女にしました。山岡の葬儀の際も、秦子が喪主をつとめ、過去の出演作品についても、権利継承者である、泰子からオフィス天童に委任されています。この事実を見ても、山岡はとても泰子を信頼し、可愛がっていた事が伺えます。橋田寿賀子や石井ふく子にさえ、中々癌の事実を伝えなかった山岡、養女泰子だけに唯一自分の正直な姿、心情をみせていたのではないでしょうか。

「日本のおかあさん」として親しまれていた山岡久乃は、後輩やスタッフへも、気遣いを見せたり、得意の料理を振る舞ったり、とても面倒見のよい人だったそうです。それと同時に、「自分のことは自分で始末をつける」がモットーと、仕事を含めて、自分に対して厳しいところがあり、癌で闘病中の状況も、橋田寿賀子や石井ふく子にも明かすことなく、一時期、橋田とも誤解による不和騒動もありました。そんな山岡の最後を支えた、養女の泰子、全面的に信頼していたようで、唯一自分の素顔を見せた相手かも知れませんね。

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