3月9日、ヒット曲「会いたい」を手がけた作詞家の沢ちひろ【画像】が亡くなっていたことが明らかになりました。。関係者によると昨年2月に心不全で亡くなりましたが、遺族の意向で公にしていませんでした。沢さんは14年、「会いたい」の歌詞改変を巡り、歌唱した沢田知可子の事務所代表らを著作者人格権侵害で提訴し騒動になりました。
「会いたい」の実話説や、「会いたい」を巡っての沢田知可子との著作権騒動とはどんなものだったのでしょうか?
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沢ちひろ【画像】のプロフィール
本名: 沢ちひろ
誕生日: 3月17日
死没: 2016年2月
誕生日: 3月17日
職業: 作詞(ジャンルJ-POP)
略歴: 85年、レベッカ「ラブ イズ Cash」で作詞家デビュー。浅香唯、松本典子、渡辺満里奈や「うしろゆびさされ組」らに詞を提供した。「会いたい」のほか96年の近藤真彦「ミッドナイト・シャッフル」が代表作。
沢ちひろの作詞の沢田知可子「会いたい」が大ヒット
「会いたい」は1990年に発売された沢田知可子の八枚目のシングルで、沢ちひろが作詞し長期のロングセールスで130万枚を売り、87週100位以内にランクインしました。1991年には第回全日本有線放送大賞を獲得し、この「会いたい」で、沢田知可子は、第42回NHK紅白歌合戦に出場をしています。
「会いたい」が実話にもとづいて作詞されたというのは本当?
「会いたい」は元々は、沢ちひろが小学生のころになくなった母親を思って作ったという、沢ちひろの実話にもとづいて作詞された歌ですが、沢田知可子が金スマに出演した際に、まだ沢田知可子が中学生の頃、バスケ部に所属していてOB会にで出会った先輩に恋をし、やがて高校を卒業しOLとなった沢田知可子が、バスケの実業団に練習に行く彼を送り迎えする仲になり、『歌手になりたい』と沢田知可子が夢を語ったときも『じゃあ俺が最初のファンになってやるよ。』と言ってくれた彼でしたが、ある晩彼からの電話になんとなく居留守を使い、、その後事故を起こしイジ意識不明の渋滞に陥り、三日後亡くなってしまったという、学生時代に先輩を事故でなくしたエピソードを披露しており、このあたりから、沢ちひろと、沢田知可子の間に、亀裂があったようです。
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沢ちひろと沢田知可子の著作権をめぐる騒動とは?
沢ちひろが、沢田知可子が2013年9月15日のバラエティー番組TBS「さんまのSUPERからくりTV」で披露した「会いたい」のパロディ曲の内容に立腹。さらに沢田が14年7月発売のアルバムで「会いたい with INSPi」と曲名を改変したうえ、冒頭部分に「アイム・イン・ラブ・ウィズ・ユー」と聞こえる言葉を足して詞を改変したとして、沢さんは2014年11月末に沢田知可子の所属事務所代表で夫の小野澤篤氏とCDの販売元を提訴しました。
しかし、沢ちひろがストレスによる低カリウム血症で緊急入院をして一時意識不明になり、一週間集中治療室に入ることになったのでストレスの原因である裁判を中止するため2015年7月9日に訴訟を取り下げています。
2015年7月に提訴を取り下げたが、関係者によると「騒ぎが大きくなったことに疲れてのもので、沢田さんへのわだかまりは少しあった」ということでしたが、入院生活を送るうち、「曲を守るつもりが、傷つけていたことに気付いた」ということで、現在は「毒素が抜けた気持ち」と話していました。
沢田に対しては、「金銭も謝罪もいらない」「ファンの方のために、できるだけ長い間歌ってください」などと話していました。
沢田知可子が披露した、「会いたい」のパロディ曲とは?
ちょっと、このパロディ曲は、おちゃらけすぎというか、元の「会いたい」が悲しい実話に基づく話だけに、沢ちひろさんの怒りもわかるような気がします。
意識不明で謎の最後
3月9日沢ちひろが亡くなっていたことが明らかになりました。関係者によると昨年2月に心不全で死去し、遺族の意向で公にしていませんでした。
最後は意識不明になり亡くなったそうですが、詳しい死因は不明で謎です。ここ数年は持病を抱えていたそうですが、「それとは関係ない形で亡くなった」(関係者)という。遺族は、事を大きくしたくないという思いから公表せず、親族らごく少数にしか沢さんの死を明かしていなかったそうで、心不全で亡くなるというと、自ら命を断ったことも充分に考えられますが、真相は謎のままです。
3月9日、ヒット曲「会いたい」を手がけた作詞家の沢ちひろ【画像】が亡くなっていたことが明らかになりました。。関係者によると昨年2月に心不全で亡くなりましたが、遺族の意向で公にしていませんでした。
「会いたい」は1990年に発売された沢田知可子の八枚目のシングルで、沢ちひろが作詞し長期のロングセールスで130万枚のミリオンセラーとなりました。
「会いたい」は元々は、沢ちひろが小学生のころになくなった母親を思って作ったという、沢ちひろの実話にもとづいて作詞された歌ですが、沢田知可子は金スマに出演した際に、学生時代に先輩を事故でなくしたエピソードを披露しており、このあたりから、沢ちひろと、沢田知可子の間に、亀裂があったようです。
そして、沢さんは14年、「会いたい」の歌詞改変を巡り、歌唱した沢田知可子の事務所代表らを著作者人格権侵害で提訴し騒動になりました。しかし、沢ちひろがストレスによる低カリウム血症で緊急入院をして一時意識不明になり、一週間集中治療室に入ることになったのでストレスの原因である裁判を中止するため2015年7月9日に訴訟を取り下げています。
最後は意識不明になり亡くなったそうですが、詳しい死因は不明で謎です。ここ数年は持病を抱えていたそうですが、「それとは関係ない形で亡くなった」(関係者)という。遺族は、事を大きくしたくないという思いから公表せず、親族らごく少数にしか沢さんの死を明かしていなかったそうで、心不全で亡くなるというと、自ら命を断ったことも充分に考えられますが、真相は謎のままです。「会いたい」騒動の時も、ストレスから体調をくずし、入院生活を送り、今回も、数年来の持病とは関係ない形で心不全で亡くなりました。作詞家という仕事柄からも、繊細でナイーブな方だったことが伺えます。
ご冥福をお祈り致します。
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